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風俗トピックス

一世を風靡した性風俗ホテトルとマントルとはどんな風俗だったのか

清水剛

2018-07-21 22:23:07

風俗愛好家の清水剛です。

20~30年前まで、「ホテトル」「マントル」という風俗が全国各地にあって、いろんな意味で話題となっていました。

ホテトルというのは、トルコ風呂のホテル版のことで、「ホテル+トルコ風呂」の略語です。

同じように、マントルは「マンション+トルコ風呂」を略したものです。

ちなみに、トルコ風呂というのは今で言うソープランドのことです。

ご存知のように、ソープランドは性交を含む性的サービスを行う店ですが、以前はソープランドのことをトルコ風呂と呼んでいました。

ところが、日本に滞在するトルコ共和国の人から、自国の名前が性風俗に使われていると苦情が相次ぐようになりました。

そんな中、1984年(昭和59年)にあるトルコ人留学生が、当時の厚生省にトルコ風呂の名称変更を訴え出たことが大きく報道されました。

そこでトルコ風呂に代わる名前を公募した結果、ソープランドと呼ぶことになったのです。

ちなみに、この問題でトルコ人留学生が相談した厚生省の人は、ナント現在の東京都知事である小池百合子さんだったということです。

【ホテトル、マントルの営業形態】

ちょっと話が横道にそれてしまいましたが、ホテトル、マントルというのは、普通に店舗で営業するトルコ風呂とはかなり違っていました。

ホテトルは、ホテルに部屋を取った客から電話を受けて、その部屋へ女性が出向いて本番行為を含む性的サービスをするものでした。

つまり、現在のデリヘルに近い営業形態ですね。

これに対して、マントルはマンションの一室で営業する形態の風俗でしたが、これがしだいに社会問題となっていきました。

というのは、マンション側にマントルとしての届けを出さずに、営業する店が多かったからです。

ちなみに、日本で本番行為をしても罰せられない風俗は、実質的にトルコ風呂(ソープランド)だけですから、当時のホテトルとマントルはすべて違法営業だったことになります。

だから、そういう店舗がいつの間にかマンション内にできていれば、住民が騒ぎ出すのも無理もないことでした。

【ホテトルとマントルの集客法】

当時のホテトルとマントルはどのようにして客を集めていたかといいますと、主に公衆電話ボックス内に小さなピンクのチラシを貼って集客していました。

当時はまだ携帯電話なんてなかったし、外で電話をかけられるのは公衆電話だけでしたから、いたるところに公衆電話ボックスがありました。

ホテトルとマントルの業者は、その電話ボックスに勝手にチラシを貼っていたわけです。

今だったらネットで集客する方法もありますが、当時はネットもなかったので、それが手っ取り早く客を集める方法だったのでしょうね。

そんなわけで、当時の公衆電話ボックスにはピンクのチラシがビッシリ貼られていましたから、今考えるとちょっと異様な光景でしたね。

といっても、今の若い人には、公衆電話ボックスがいっぱい並んでいる光景そのものが思い浮かばないでしょうから、公衆電話ボックスにチラシが貼ってあったなんて言ってもピンと来ないでしょうね。

もちろん、公衆電話を利用する一般市民からの苦情も多く、警察がチラシを剥がしていくのですが、またすぐ貼られてしまうというイタチごっこが続いていました。

【マントルが社会問題となる】

ホテトルは現在のデリヘルの形態と似ていて、短時間だけホテルを利用するだけなので、特に問題視されることはありませんでした。

といっても、本番行為をしていること自体違法なので、それはそれで問題でしたけどね。

しかし、マントルは問題視されることが多かったようです。

当然ながら、マンションを借りる場合にマントルを営業すると言うと部屋を貸してもらえないので、そのことを隠して部屋を借りることになります。

でも、マントルとして営業を始めると、マントルに勤める風俗嬢や客の出入りが激しくなるので、同じマンションの住人から苦情が出るようになります。

一般家庭の人が暮らすマンションの中にそういう店舗があることがわかると、マンションの雰囲気も悪くなるし、そこに住む子供や青少年にも悪影響が出るというので、しだいにマントルに対する風当たりが強くなっていきました。

マンションの住民が団結して、マントルを追い出すという事態もあちこちで起こるようになりました。

さらに、テレビでもマントルの問題を取り上げるようになり、人々の注目が集まるようになると、警察も放置するわけにはいきません。

まず最初に、公衆電話ボックスに貼ってある、チラシの撤去が徹底的に行われました。

チラシを剥がされては集客できませんから、マントルはしだいに営業不振となり、廃業する店舗が増えていきました。

また、チラシを見ればマントルの場所がわかるので、店舗ごと摘発されるケースも増えました。

こうしてマントルは徐々に姿を消していき、ホテトルはデリヘルと名前が変わって現在まで続いています。

公衆電話ボックスに貼られていたピンクのチラシは、その後マンションやアパートのポストに入れられるようになりました。

賃貸マンションやアパートは独身男性が住んでいることが多いので、寂しい男性をターゲットにしようとしたのでしょうね。

しかし、同じ賃貸マンションやアパートに家族で住んでいる人もいるため、そういう世帯の主婦層から苦情が相次ぎ、現在ではポストの中にチラシが入ることもほとんどなくなりました。

ライタープロフィール

清水剛 風俗愛好家

風俗をこよなく愛するフリーライター。 ただし、風俗には「愛」がないと嘆いてもいる。 アダルト記事を中心に執筆活動を展開し、某スポーツ紙の電子版に3年以上にわたってアダルト小説を連載中…

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