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記事タイトル:風俗が生まれた所!よく聞く赤線と青線の違いに実在場所を検証

ライター:橋本ウサ太郎   閲覧数:415

2020-09-10 16:27:43

古く良き性風俗、ネオン色に光る蛍光看板でもない、いやらしさを誇張した宣伝文句もない!どこか懐かしさを覚えてしまう、それが日本性風俗の歴史風景。

性風俗店の発展は私達の性欲の多様性を反映した結果とも言えますが、今回は原点に戻るという意味合いを含め、風俗が乱立していた赤線、青線地帯について解説していきたいと思います。

【そもそも赤線って何?売春と赤線の興味深い関連とは?】

人恋しくなった時、どうしようもないイライラに駆られた時、人はついつい性欲に走ってしまうもの。ずっと昔から変わらない性と人の結びつき……。

諭吉一枚があればたいていの性の発散が可能な時代、当たり前に日常生活に溶け込んでいる性風俗店ではありますが、今回はそんな性風俗が歩んだ軌跡と歴史を少しだけ紐解いていきたいと思います。

1,売春合法地帯赤線の秘密

赤線、皆さんもどこかで聞いたことがあることでしょう。

「駅向こうの赤線は危ないから近づくな!」、こんな言葉をしばし親、親戚から聞かされた方も多いはず。そもそもなぜ赤なのか、なぜにリスキーな場所と捉えられているのでしょうか?

赤線とは簡単明白に言ってしまうと、ポリスの公認で売春が黙認された地域一帯の事をさし、地図上に赤印がつけられていた為に赤線と呼ばれるようになりました。

元々日本でも売春婦、つまりは遊女が春を売ってそれを生業としてきましたが、江戸時代になると大規模な遊郭が作られ公の娼婦として男性を喜ばせていきました。勿論遊郭が作られることで、フリーの私娼を排除する目的も兼ね備えていたことは言うまでもありません。

しかし日本が第二次世界大戦に敗戦後、GHQにより公娼制度の廃止を促され、日本はしぶしぶその条件を飲むことになります。それでもムラムラが止まらない男性たちはあとを絶ちませんし、稼ぎを失った女性たちも路頭に迷う事になり、名目上の公娼こそ消え去ったものの、半分公認するような形で売春が続いた売春合法地帯が生まれました。

それが先ほど言及した地図で赤い線でマークした地帯、つまりは赤線地帯なのです。この赤線地帯は元遊郭地帯であることも多く、いわゆる特殊飲食店として営業を始めますが、1956年売春禁止法が施行される2年後の1958年までに全ての赤線における性風俗店は姿を消すことになるのです。

【青線との違いを検証!キーワードは法律!】

赤線がいわば黙認された合法売春エリアであったことが分かりました。赤=レッド、なんだかリスキーなイメージがありますが、建前上は公認されていた売春地帯。

しかしこれと対比する言葉として存在するのが青線です。赤だから青なのでしょうか、赤線と青線、似て非なる二つの言葉は大きな差があるのです。ここではそれらの違いについて解説していきたいと思います。

1,アルコール接待色が強い非合法地帯青線

ハッキリ言ってしまうと、風俗営業法を要する店舗であるのにその許可を取らずに飲食店の届出のみで売春行為まで提供してしまうもぐりの性風俗店舗、それらが一体となって点在しているところが青線地帯です。(このような店舗は現代でも見かけますが、その多くは摘発され短命で消え去ってしまいます。)

勿論これは非合法であることは言うまでもありませんが、お酒やつまみをサーブして、お客と女中が恋に落ちてしまった!それなら二階、または別室で疑似恋愛を楽しんでしまおうか、という流れで客を取るのが青線における性風俗の特徴。こうしてみると自由恋愛がベースになるソープと似ていますね。

一度お酒を楽しみながら、女性とイイことができるというリアルを作ってしまえばこっちのもの!と言わんばかりに、青線地帯での売春も盛んになるのです。基本合法の赤線地帯よりも若干コスパは良かったようですが、女中の管理などは決していいとは言えず性病羅患や男性客とのトラブルも赤線に比べて多かったそうな。

小さな街のバーやクラブ、キャバレーを彷彿とする店内で、美女とうつつを抜かしつつ、「お兄ちゃん、いいことしよか!」と売春を持ちかけてくるそんな店舗は令和の時代になってもひっそり根付いているそうです。勿論それは青線の形をそのまま継承し非合法であることは明白ではありますが、昭和の時代にタイムスリップをしたかのような、どこか懐かしさを覚えてしまいますね。

2,白線とは?そこに広がる風俗の実態

赤線が黙認された合法売春地域であり、青線が非合法と一応の区分分けをしていますが、実際は公娼制度が廃止された後に形成された風俗文化なので、どんな色で線引きをしていても、結局はどの売春婦も公的なものではなく私娼であったことには変わりありません。

しかしここで面白いのが赤、青以外にも様々な色合いの線が存在していた事実。例えば電話という伝達手段を用いて売春を斡旋する、今でいうデリヘルのような形態で女性を派遣したものは黄線と呼んだそうです。

また戦後は多くの国々が日本に駐在しましたが、特に米軍基地がおかれたその周辺には飲み屋や風俗店が多く乱立し、しばし白人男性の相手がメインのものを白線、反対にその客の多くが黒人の場合は黒線などと形容されました。

しかし基本は赤と青での大まかな区分分けで事足りること、そして秘密裏に行われる売春グループや私娼が非常に多くおり、そのちょっとした形態や特色の差による色分けはその地元周辺で語られることはあっても、全国区でそれらが使われることはありませんでした。

【現在も続く赤線、青線街を歩く!】

赤線、青線共に売春禁止法が施行された後、1958年にはその姿がなくなります。だからと言って日本の性風俗がなくなることはなく、勿論形を変えて現在もしっかり営業しています。

さてヘルスやデリヘルを利用するにあたり、特別その立地条件に関心を示す方は多くないと思いますが、今ある性風俗店は意外なほどに赤線、青線の名残りを匂わせているのです。

1,えっ、この街も?元赤線、青線の場所を検証

赤線、青線が子供にとって危ないと言われた理由は、このような性風俗店が黙認で行われていたから。冷静に考えれば売春地帯に子どもが足を運んでほしくはないですよね……。

さて本題に入りますが、風俗店は特に赤線、青線地帯に集中することが多いです。順を追うと、遊郭→赤線地帯→風俗密集地帯という感じをイメージして頂ければわかりやすいですね。つまりは時代が流れても、その風俗街としての空気というか、その土壌はしっかりそれぞれの土地に根付いていき、鞍替えした飲み屋街やホテル街、または現代の風俗街として生まれ変わっていきました。

例えばソープ街で有名な吉原、こちらはもはや言うまでもなく吉原遊郭があった赤線跡ですし、ゲイ風俗や発展場、デリヘルにゲイバーが乱立する新宿二丁目も元は新宿遊郭があった場所。この2つは非常に有名な赤線跡地ですが、後者は悲しき性に人生を捧げた遊女たちの投げ込み寺として有名な成覚寺が鎮座しています。

この他にもざっとまとめてみると、赤線地帯として北千住の千住街、、町田に福生、埼玉県の川口、神奈川の横浜には多くの遊郭が存在していましたし、大阪は西成の飛田新地も勿論有名な元赤線地帯です。また全国に点在している温泉街周辺にも赤線地域として発達した場所が少なくありません。

なお青線地域として有名な地域として墨田区の玉ノ井、新宿の歌舞伎町、ゴールデン街、神奈川県の黄金街や曙街、堀之内、渋谷の円山街などが旧青線地帯として知られています。まさかここがという地名も少なくありませんが、どこも飲み屋が多かったり、クラブやキャバレー、風俗店が点在している、またはしていた場所ばかりなので、今となってしまえば旧青線と言われても納得のメンツですね。

勿論あなたが利用している風俗店舗が必ずしも元赤線、青線地帯にあるとは限りませんが、こうしてその場所に風俗店が出来上がった成り行きや歴史を振り返ると、また別の意味で面白い発見があるかもしれませんね。

【まとめ】

赤線とは売春禁止法が施行される前に合法的に売春が行われていた地域を指し、そして青線とはいわゆるフリーで潜りの私的売春が横行していた地域のことを指すんですね!

赤と青、相反する色合いだからこそそれらが含む意味合いも全く異なりますが、意外に混同してしまいがち。

私達が利用しているデリヘルやソープ、今一度なぜそこにその風俗店があるのか?を考えてみると、日本の風俗史という興味深い歴史に正面衝突。世界で一番古くから存在している売春業、たまには好奇心と扉を開き赤線、青線という日本が歩んできた売春産業を眺めてみるのも楽しいかもしれませんね!

ライタープロフィール

橋本ウサ太郎

橋本ウサ太郎 業界関係者

エロだけじゃない文化的な側面から人間の変態性を観測したい猛者。自身も二丁目の水商売を経験済み。 暇にはなりすぎない程度、風俗遊びのイロハからエロ的好奇心をくすぐる卑猥なお話をマイペ…

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